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福岡高等裁判所 昭和60年(ネ)403号 判決

控訴人

株式会社湯佐部品

右代表者代表取締役

湯佐一郎

右訴訟代理人弁護士

辰巳和正

右訴訟復代理人弁護士

伊達健太郎

被控訴人

高千穂建設株式会社

右代表者代表取締役

中村久美子

右訴訟代理人弁護士

山崎辰雄

被控訴人

田口雄輔

右訴訟代理人弁護士

岩成重義

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人らの申立を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の事実摘示に記載のとおりであり、証拠の関係は、原審記録中の書証目録並びに当審記録中の書証目録及び証人等目録に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  原判決四枚目表八行目の次に、改行して次のとおり加える。

「五 控訴人が本件仮処分申請の被保全権利として主張するところは、要するに、被控訴人田口が建築中の本件建物の外壁と本件境界との間隔が、民法二三四条一項所定の五〇センチメートルに満たないから、本件境界から五〇センチメートル以内に建物を建てないことを求める、というのであるが、同所は商業地で防火地域であり、かつ、本件建物は耐火構造の外壁をもつて囲まれるものであり、特別法である建築基準法六五条に該当するから、民法二三四条一項の規定の適用は排除され、控訴人は被控訴人田口に対して、民法二三四条一項に基づく請求をすることができないものというべきである。

よつて、控訴人の本件仮処分申請は、被保全権利の存在につき疎明を欠くものであるから、これを却下すべきである。」

二  同四枚目表一〇行目の「五」を「六」と、同四枚目裏一〇行目の「六」を「七」と、同五枚目表二行目の「七」を「八」と、一二行目の「八」を「九」と、同六枚目裏三行目の「九」を「一〇」と、末行の「一〇」を「一一」と、同一〇枚目表一〇行目の「六項」を「七項」と、同一〇枚目裏七行目の「第七項」を「第八項」と、同一一枚目表六行目の「第八項」を「第九項」と、九行目の「第九、一〇項」を「第一〇、一一項」と、各改める。

理由

一被控訴人らは、本件において、事情変更による仮処分決定の取消事由(「設計の軽微な変更届」による建築確認の変更)を主張するほか、本件仮処分決定に対する異議事由(申立の理由五)をもあわせて主張しているものであることは、本件訴訟の経過に徴して明らかであるから、まず、被控訴人ら主張の右異議事由(申立の理由五)の存否について判断する。

控訴人は、本件仮処分申請において、民法二三四条一項を根拠として、本件建物の敷地である被控訴人田口所有の土地(原判決添付別紙〔二〕物件目録一記載の土地)と控訴人所有の土地(同目録二記載の土地)との境界線から五〇センチメートル内にある本件建物部分の建築禁止を求めているけれども、本件疎明資料(殊に、成立に争いのない疎甲イ第一号証、当審証人中村亨の証言)によれば、本件建物敷地付近は商業地で防火地域に属し、本件建物の外壁は耐火構造であることが認められるところ、建築基準法六五条は、防火地域又は準防火地域内にある建築物で、外壁が耐火構造のものについては、その外壁を隣地境界線に接して設けることができる、と定めており、右規定の趣旨は、防火という観点に止まらず、右の地域に属する土地の合理的、効率的な利用を図りつつ、耐火構造の建築物に限る点で相隣者の利益をも考慮に入れたもので、我国古来の慣習を成文化したに止まる民法二三四条一項の特則を定めたものと解するのが相当である。なお、行政庁が建築確認をする際、私人間の権利関係につき、なんらの顧慮も払わないのは、建築基準法及び右確認の性格からして当然のことであつて、このことは、なんら民法二三四条一項と建築基準法六五条との関係についての前記解釈を左右するものではない。

そうすると、本件建物の建築は、建築基準法六五条により許容された合法的なものというべく、控訴人は、民法二三四条一項を根拠に本件建物の建築禁止を求めることができないものというべきであるから、控訴人の本件仮処分申請は、失当としてこれを却下すべきである。

二ところで、控訴人の本件仮処分申請につき、申立の理由一に記載のとおりの本件仮処分決定がなされたことは当事者間に争いがないところ、右仮処分決定の理由は、要するに、被控訴人らが建築基準法に基づき北九州市建築主事から受けた建築確認通知書の条件に違反し、同通知書添付の申請位置(原判決添付別紙図面記載のイ・ロの各点を結ぶ線)を超えて、控訴人所有の土地との境界線(同図面記載の隣地境界線)に接近して本件建物を建築しようとしていることが認められるから、右申請位置を超えて本件建物を建築してはならない、というものである。

しかしながら、前示のとおり、建築基準法六五条所定の要件を充足する本件においては、被控訴人らは本件建物を境界線に接して建築することができるものであつて、控訴人は民法二三四条一項を根拠に本件建物の建築禁止を求めることができないのであり、このことは、右仮処分決定の理由中で認定された事実(すなわち、本件建物が、建築主事から受けた建築確認通知書に記載された条件と一部適合していないこと)によつても、なんら影響を受けるものではないことが明らかである(建築基準法の規定に違反する建築物については、同法九条の規定により、特定行政庁は然るべき違反是正命令を発することができるのであり、右違反建築物に対する是正措置として、仮処分をもつて、、建築工事の差止を請求することはできない。)。

以上のとおり、民法二三四条一項を根拠とする控訴人の本件仮処分申請は、被保全権利の存在につき疎明がないのであるから、被控訴人らが、本件において事情変更による仮処分決定の取消事由として主張する申立の理由二、三(「設計の軽微な変更届」による建築確認の変更)について判断するまでもなく、本件仮処分決定は取消を免れないものというべきである。

三よつて、本件仮処分決定を取消し、本件仮処分申請を却下すべきところ、右と結論を同じくする原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官高石博良 裁判官堂薗守正 裁判官松村雅司)

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